初めて安定剤を利用したのは16歳。
只今25歳。
メンヘラな私の日常〜
過剰摂取(OD) デパス 海外から
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今回は私が小学生低学年の頃に体験したいじめを振り返りたいと思います。
いじめられた経験がある人は沢山いると思います。
それが成長の過程で自分の性格を変えてしまうのであればいじめは最低です。
最近ではいじめをしている人の親が悪い場合や環境が悪い場合もあると、理解し始めましたが当時の私には全くそんなことは理解できませんでした。
記憶を辿って行くと私はいじめを5歳頃から受けていました。
主犯は同じマンションに住んでいたHちゃんです。
一人の大人と、そのマンションの子供全員が一緒に幼稚園に毎朝行くのですが、一人の友達と手を繋いで行かなければならなかったのです。
私は毎朝Hちゃんと一緒でしたので毎日手を繋いでいた訳ですが、Hちゃんは爪を私の皮膚に食い込ませてきて私の手は爪痕で黒くなったり血が出たりしました。
それが小学校に入学するまで毎日続きました。
私はHちゃんに誰にも言うなと何回も言われていたので誰にも言いませんでした。
小学校に入学してからはクラスは違いましたが登下校はいつも一緒でした。
親同士も仲が良かったからです。
私は大人しくて気の小さい子供でしたので、小学校1年生2年生と友達は一人もできませんでした。
Hちゃんには登下校は荷物持ちをさせられ、暴力も受けましたし、階段からも突き落とされたり、とにかく毎日がHちゃんの言いなりでした。
家では親に虐待され、外ではHちゃんに痛いことをされる。
そんな苦痛な日々を今でも覚えています。
小学三年生になりクラス替えしたこともあって新しく友達ができました。
それはとても楽しかったです。
Hちゃんとは違うクラスになりましたが、登下校は未だに一緒でした。
Hちゃん以外の友達ができたことによりHちゃん以外の友達とも遊びに行くようになりました。
そしてある日、Hちゃんにひたすらビンタされていました。その理由は私の方が一輪車に乗るのがうまかったからです。
もう小学三年生ですし、こんな事で何回もビンタされる意味がわからなくなり、人生で初めてHちゃんに反撃しました。
Hちゃんは小柄で私よりも貧弱だったのですぐに逃げる姿勢に入りましたが、私はこの数年間の怒りが爆発し止まりませんでした。
Hちゃんの髪の毛を引き抜き身体中を引っ掻き殴りました。
私も抵抗されて傷つきましたがその時は全く痛みを感じませんでした。
Hちゃんは泣きながら家に帰って行きました。
その後Hちゃんのお母さんとHちゃんが家まで来ました。
私はHちゃんが私の母に言いつけるんだろうなと思いビクビクしました。
もし言いつけたら私は母に殴られるからです。
それに母にはHちゃんと私の関係を話したことがありません。
ところがHちゃんは自分が悪かったと謝って来ました。
そのあと私はHちゃんに話しかけられても全て無視して関係を断ちました。
その半年後、なぜか家族でとても遠い田舎の方に引っ越す事になりました。
せっかくクラス替えで出来た友達とも別れなければなりませんでした。
その時はなぜ引っ越すのか理解できなかったのですが、そのうち理解しました。
母もそのマンションのママ会でいじめられていたからです。

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今回は私が5歳の時に人を信じられなくなった出来事についてです。
当時私はまだ5歳で小学生になる前でしたが、この記憶は鮮明に残っています。
私は親とスーパーマーケットに行きました。
お菓子のコーナーが好きでそこでいつもお菓子を見ていたのを覚えています。
毎週末、家族でスーパーに行っていたのです。
その日は寒い冬の日でした。
私は厚手のクリーム色のセーターを着ていました。
セーターの下にもロングシャツを着ていました。
お菓子をいつものように見ていると奇声をあげている男の人が見えました。
私はびっくりしてその人を見ました。
目が合いました。
彼は奇声をあげながら私の方に向かって走って来たのです。
「ガブッ」
一瞬何が起こったか理解できませんでしたが、強烈な痛みが右腕を伝って来ました。
痛い!そう思った時には泣き叫んでいました。
とても大きな声で泣いたので、何人かの大人が私を通りすがりに見ました。
誰も助けてくれません。
彼は私の腕を噛んで離しません。
誰かに助けて貰いたくて、よく見えるように腕を上げて噛まれている様子がよく分かるようにして、レジの方まで歩いて行きました。
その間、レジに並んでる人などが私を見ましたが助けません。
誰も助けてくれませんでしたが、少し人だかりができたところで男は走って去って行きました。
右腕の激痛に耐えながら親を探すともう会計を済ませてスーパーの袋に買った物を入れているところでした。
親に詳細を話すと、気持ち悪いと言い、唾液が大量についたセーターをスーパーで捨てました。長袖のシャツも家で捨てました。
私の右腕には男の歯型が青黒く何日も残りました。
幼いながらも私は思ったのです。
誰も助けてくれない

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親に虐待されていた経験について書こうと思います。
アダルトチルドレンの原因です。
物心ついた時にはもう殴られていました。
首を絞められたり、正座を何時間もさせられたり、冬空の下ベランダに出されたりと色々とありました。
何故、親が怒っていたのかは覚えていません。
覚えているのは、勝手にお菓子を食べてしまったことくらいです。
ニュースで男の子を山に置き去りにする事件がありましたが、私も山に置き去りにされました。
山に行くのは決まって夜でした。
車で山奥まで連れて行かれて降ろされます。そして車は私から遠ざかっていきます。
私は真っ暗な山の中ただひたすら立ち尽くしていました。
そして、親が迎えに来るのを待ちました。
時間もわからないし道も暗くて見えないので、動けずにいたのです。
あの時の事を思い出すと、今でも胸が張り裂けそうですし涙が頰をつたいます。
「悪い子は山に捨てにくよ」
母の口癖です。
父は私を山に連れてはいきますが、母の言いなりでした。
母が「あの子を叱って」と言えば、父にも殴られました。
小学校高学年くらいになると、弟と比べられるようになり私は弟よりも頭が悪いと言われ続けました。
「お姉ちゃんみたいな馬鹿になっちゃいけないよ」
弟はほとんど虐待されませんでした。
弟も私を馬鹿と呼ぶようになり、
そんな弟が憎くて私は弟に暴力を振るっていました。
そのうち母は家事を一切しなくなり全て私の仕事となりました。
それが普通だと思っていたので、学校で他の子供は一つくらいしか家事をしていないことを知った時は驚きました。
そして母に、何故私はこんなに家事をしないといけないのか聞いたら殴られました。
これらの行為は母が不倫をして家を出て行った高校生の頃まで続いたのです。

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夜驚症、あまり知っている人は少ないかと思います。
私自身、大人になって夜驚症について調べるまで言葉やその病気のことすら知りませんでした。
wikipediaでは睡眠中に突然起き出し、叫び声をあげるなどの恐怖様症状を示す症状のことである。概ね数分から十数分間症状が続く。夢とは異なり目覚めた時に本人はそのことを覚えていないのが普通である。小学校入学前から小学校低学年の児童に見られる症状であり、高学年以上では稀である。睡眠中枢が未成熟なために起こる症状であると考えられている。
夜驚症は私にとってとても辛い思い出です。
5歳頃〜10歳頃までかなりの回数経験しました。10歳過ぎてからもたまに同じ感覚を感じることがありました。
本人はそのことは覚えていないのが普通であると書かれていますが、私は全てを覚えています。
9時には布団に寝かされていたのですが寝てから一時間から二時間後くらいに毎回同じ夢を見ます。私の場合はとてつもなく大きな石が私を追いかけてくる夢です。
それは今までに感じたことのない恐怖です。
日常生活の中にこの恐怖はありません。
そして泣きながら目が覚めます。
小さな音、(シーツが掠れる音)でもいつもの何倍にも大きく聞こえるので恐怖です。
親の声も大き過ぎて怖いので喋らないでほしいと思っていました。
最初のうちは親が抱きしめてくれたりしましたが、2年も経つと親も呆れて怒鳴るだけになり、自分を安心させる方法を見つけないといけませんでした。
夜驚症は10分ほどするといつものように戻るのでその10分を耐えるのです。
(私の場合です)
私は布団の上を叫びながらぐるぐる回ることを覚え、いつもより早くこの症状がなくなることができるようになりました。
小学生をあがる頃には、全く夜驚症にはなりませんでした。
ですが、3年に一回くらいのペースであの時の感覚が蘇ります。
3秒くらいですが・・・
母親が小さな私を眠らせる為に音楽を流していました。
私も使い方を覚えると自分でCDをセットして聞いていました。
花畑を連想させるような音楽と、川の音の音楽です。
とても心が落ち着いたのを覚えています。
スマートフォンは子供がいじってしまったり光が強過ぎたりするので、寝る前はよくないと思います。私は今でもCD派です。
このCDは私が聞いていたCDにそっくりです。
視聴できるので是非聴いてください。
個人的には川の音が好きです。
「せせらぎ」のCDの「水のしらべ」はとても素敵です。
でも間違っても泣き叫んでる時に音楽を聞かせないでください。
夜驚症の子供は何かしら恐怖があるのだと思います。
子供が夜驚症になってしまったら怒らずにずっと抱きしめてあげて安心させてあげてください。
また次の記事に書くつもりですが、私はアドルトチルドレンで過去に親にDVされています。
そのことも夜驚症に繋がったのではと思っています。
そして夜驚症の時に安定剤が欲しかったなと思う私です・・・

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断捨離を試してみました。
私は断捨離をしてから、全てにおいてリセットされたかのような気分になりました。
普段から捨てる事が多い人生だったのですが、今回は病んでいるのかもっと捨てたい気持ちになりました。
ダンボール3個分くらいしかなかった荷物ですが断捨離後はスーツケース一つになりました。
とりあえず服を捨てまくりましたね。
一応女なので服が結構ありましたが、ほとんど捨てました。
高価な物を捨てるのはやはり勇気がいりますね。
「これ高かったな」と思い出してしまうのです。
もともと物を持っていなかったので、ゴミ袋は大きいの2個で収まりました。
その後ですが、家に物がなくなってだいぶスッキリしました。
私が初めて断捨離したのはだいぶ前の事ですが、いらない物はちゃんとリサイクルしてお金に変えています。
最近ではネットで申し込みができる会社が便利ですね。
このリコマースという会社は宅配買取サービスをしてくれるのでとても便利です。

生きてくために必要な物って少ないなと思いました。
スッキリしたおかげで探し物をする事がなくなったと思ったのですが、場所を変えてしまったので結局探し物をすることに・・・
そのあとは物の場所を把握したので、探し物もなくなりました。
人間なのでなんだかんだいって欲が出てしまったり、手放せなくなったりしているものや事があるかと思いますが、断捨離をすることによって
要るもの・要らないもの
がはっきりするかと思います。
全てにおいて です。
人間関係やスマホの中の写真や要らなくなったアプリ、パソコンの中の要らなくなった物など、全てにおいて必要かどうか判定して捨てました。
今は本当にシンプルになったと実感しています。
人生に悩んでる方、スッキリしたい方には是非おすすめしたいです。
【リコマース宅配買取サービス】 

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